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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)32号 判決

原告 望月すみ江

被告 社会保険庁長官

代理人 山田好一 村田英雄 ほか五名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成元年一一月二日付けでした障害基礎年金及び障害厚生年金を支給しない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告(大正一二年一月二一日生)は、厚生年金保険の被保険者であった間に左眼瞼腫瘍にかかり(国民年金法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置に関する政令(以下「経過措置令」という。)二九条一項、七八条一項)、これについて昭和五五年七月二三日に初めて医師の診療を受けた。原告は、右傷病に係る国民年金法(以下「国年法」という。)三〇条一項及び厚生年金保険法(以下「厚年法」という。)四七条一項所定の障害認定日においては、国年法三〇条二項、同法施行令四条の七及び厚年法四七条二項、同法施行令三条の八にそれぞれ定める障害等級(以下「障害等級」という。)に該当する程度の障害の状態になかつたが、同日後六五歳に達する日の前日(昭和六三年一月二〇日、経過措置令三〇条、七九条)までの間において、右傷病により障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至り、医師の所見によれば、このため原告の就労は軽作業に限定されるものとされている。

(二)  原告は、厚生年金保険の被保険者であった間の昭和五五年九月三〇日ころ耳鳴症にかかり(経過措置令二九条一項、七八条一項)、これについて昭和六二年九月三日に初めて医師の診療を受けた。原告は、右傷病に係る国年法三〇条一項及び厚年法四七条一項所定の障害認定日においては、障害等級に該当する程度の障害の状態になかつたが、同日後六五歳に達する日の前日までの間において、右傷病により障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至った。

(三)  したがつて、原告は、国年法三〇条の二、同法附則(昭和六〇年法律第三四号、以下「国年法附則」という。)二三条一項、二九条一項、三〇条に基づく障害基礎年金及び厚年法四七条の二、同法附則(同年法律第三四号、以下「厚年法附則」という。)六七条、経過措置令七九条に基づく障害厚生年金(以下、右障害年金と併せて「障害給付」という。)の支給を請求することができる。

2  原告は、平成元年三月一四日静岡県知事を経由して被告に対し、傷病名を「左眼瞼腫瘍、耳鳴症」とする疾病にかかり、障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至つたとして、障害給付の裁定の請求(以下「本件裁定請求」という。)をしたところ、被告は、これに対し同年一一月二日付けで障害給付を支給しない旨の処分(以下「本件不支給処分」という。)をした。

3  原告は、同月二八日本件不支給処分につき、東京都社会保険審査官に対し審査請求をした。右審査請求事件は静岡県社会保険審査官に移送され(社会保険審査官及び社会保険審査会法八条)、同審査官は、平成二年一月二三日付けでこれを却下する旨の決定をした。原告は更に、同年二月二〇日社会保険審査会に対し再審査請求をしたところ、同審査会は、平成三年一一月二八日付けで右再審査請求を棄却する旨の裁決をし、原告は同月三〇日右裁決があつたことを知った。

4  国年法三〇条の二第一項、厚年法四七条の二によれば、障害給付の請求は、国年法三〇条一項、厚年法四七条一項所定の障害認定日(以下「障害認定日」という。)から六五歳に達する日の前日までの期間内にすることができるものとされているところ、右2のとおり、本件裁定請求は、原告が六五歳に達する日の前日までの期間を経過した後にされた。

しかしながら、後記5のとおり、原告は、本件裁定請求以前である昭和六三年一月七日に、これと同一の事由に基づく障害給付の裁定の請求(以下「第一次裁定請求」という。)をしており、本件裁定請求は、実質的には第一次裁定請求に対する不服申立てともいうべきものである。

そうであるとすれば、第一次裁定請求は、後記5のとおり原告が六五歳に達する日の前日までの期間内にされたものであるから、本件裁定請求も、国年法三〇条一項、厚年法四七条一項所定の期間内にされたものとして扱われるべきである。

5  原告は、昭和六三年一月七日静岡県知事を経由して被告に対し、障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至つたとして、障害給付の裁定の請求(第一次裁定請求)をしたところ、被告は、これに対し同年四月一三日付けで、原告は右裁定請求の日において障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至つていないとして、障害給付を支給しない旨の処分(以下「第一次不支給処分」という。)をした。

原告は、同月一八日第一次不支給処分につき、東京都社会保険審査官に対し審査請求をしたところ、右審査請求は静岡県社会保険審査官に移送され(社会保険審査官及び社会保険審査会法八条)、同審査官は、同年六月一七日付けでこれを棄却する旨の決定をした。

6  よつて、原告は、本件不支給処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1(一)  請求原因1(一)の事実中、原告が左眼瞼腫瘍について昭和五五年七月二三日に医師の診療を受けたこと及び医師の所見によれば原告の就労は軽作業に限定されるものとされていることは認める。

(二)  同(二)の事実は知らない。

(三)  同(三)の主張は争う。

2  同2及び3の各事実は認める。

3  同4の主張は争う。

4  同5の事実は認める。

5  同6の主張は争う。

6  被告の主張

障害給付は、障害認定日において障害等級に該当する障害の状態になかつた者が、その後障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至つたときに請求することができるものとされている(国年法三〇条の二第一項、厚年法四七条の二第一項)。したがつて、本件のように同一の部位に係る障害について、障害給付の裁定の請求が数次にわたることはあり得るが、右各規定の趣旨からして、そのような場合においても個々の裁定請求は独立し、相互に関連性を有しないものとして扱われるべきである。

また、障害給付の裁定請求に対する不服申立てについては、社会保険審査官及び社会保険審査会法により、各都道府県に社会保険審査官、厚生省下に社会保険審査会が置かれ、これらに対して不服申立てをすることとされており、現に原告も、裁定に対する処分を受けたつど社会保険審査官又は社会保険審査会に対し不服申立てをし、それらの手続は棄却の決定若しくは裁決又は取下げによつていずれも終了している。

したがつて、本件裁定請求を第一次不支給処分に対する不服申立てであるということはできず、原告の請求原因4の主張は失当である。

第三証拠〈略〉

理由

一  請求原因2及び3の各事実は当事者間に争いがない。

二  本件訴えの適否について

1  障害給付の裁定の請求をし、これを支給しない旨の処分を受けた者について、判決によつてその処分が取り消され、右判決が確定した場合においては、被告は、その趣旨に従い、改めて裁定の請求に対する処分をしなければならないこととなるから(行政事件訴訟法三三条二項)、右の処分を受けた者は、法律上右裁定の請求を認容され、障害給付の支給を受ける可能性を得ることとなる。そして、右の処分を受けた者の有するこのような法律上の可能性を得るという利益が、障害給付を支給しない旨の処分の取消しを求める訴えの利益を基礎付けるものと解される。

2  国年法によれば、国年法に基づく給付を受ける権利は、受給権者の請求に基づいて、被告が裁定するものとされている(国年法一六条)。また、昭和六一年四月一日前に発した傷病による障害に係る障害基礎年金について、経過措置令二九条一項所定の厚生年金保険の被保険者である間に疾病にかかり、又は負傷し、障害認定日において障害等級に該当する程度の障害の状態になかつた者が、同日後六五歳に達する日の前日(その傷病について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日(以下「初診日」という。)が昭和六〇年七月一日前にある傷病による障害については、六五歳に達する日の前日又は初診日から起算して五年を経過する日のいずれか遅い日)までの間(以下「裁定請求期間」という。)において、その傷病により障害等級に該当する程度の障害の状態に至つたときは、その者は、裁定請求期間内に国年法三〇条一項の障害基礎年金の支給を請求することができるものとされている(国年法三〇条の二第一項、国年法附則二三条一項、経過措置令二九条一項、七条一項、三〇条)。

厚年法によれば、厚年法に基づく保険給付を受ける権利は、受給権者の請求に基づいて被告が裁定するものとされている(厚年法三三条)。また、昭和六一年四月一日前に発した傷病による障害に係る障害厚生年金について、経過措置令七八条一項所定の同日前に厚生年金保険の被保険者であった間に疾病にかかり、又は負傷し、障害認定日において障害等級に該当する程度の障害の状態になかつた者が、裁定請求期間において、その傷病により障害等級に該当する程度の障害の状態に至ったときは、その者は、裁定請求期間内に厚年法四七条一項の障害厚生年金の支給を請求することができるものとされている(厚年法四七条の二第一項、厚年法附則六七条、経過措置令七八条一項、七条一項、七九条)。

右各規定によれば、右の障害給付の裁定の請求は、いずれも障害認定日後六五歳に達する日の前日(初診日が昭和六〇年七月一日前にある傷病による障害については、六五歳に達する日の前日又は初診日から起算して五年を経過する日のいずれか遅い日)までの間(裁定請求期間)にしなければならないものとされている。しかして、その趣旨は、障害給付の支給を受けるためには六五歳に達する日の前日までに傷病により障害等級に該当する程度の障害の状態に至つたことを要するところ、右状態に至った後長期間を経過して障害給付の裁定請求がされるとその支給要件の認定判断に困難を来すこととなるから、裁定請求をすることのできる期間につき支給要件に呼応した制限を設けてそのような困難を避けるという点にあるものと解される。

そうであるとすれば、裁定請求期間を経過した後にされた障害給付の裁定の請求については、法律上障害給付の支給裁定がされることのあり得ないことが明らかである。

3  しかして、右一の争いのない事実によれば、原告が該当するに至つた障害の状態が左眼瞼腫瘍及び耳鳴症のいずれによるものにせよ、右障害に係る裁定請求期間は、原告が六五歳に達した日の前日である昭和六三年一月二〇日までの期間となるところ、本件裁定請求はこれを経過した後にされたものであるから、これに対し、障害給付の支給裁定がされることのあり得ないことが明らかである。

4(一)  原告は、本件裁定請求は、第一次裁定請求(これがその裁定請求期間内にされたことは、当事者間に争いがない。)と同一の事由に基づくものであり、実質的にはこれに対する不服申立てであるから、裁定請求期間内にされたものとして扱うべきである旨主張する。

(二)  しかしながら、右2に判示したところにかんがみれば、障害給付の裁定請求が裁定請求期間を遵守したものかどうかは、裁定請求をした者が、その請求に係る傷病と同一又は類似の傷病による障害について他に障害給付の裁定請求をしているかどうか、国年法に基づく給付又は厚年法に基づく保険給付に関する他の処分に対する不服を申し立てる意図をもって右の裁定請求をしているかどうかというような事情によって左右されるものではないというべきであるから、原告の右主張は失当である。

(三)  また、国年法及び厚年法によれば、国年法に基づく給付に関する処分又は厚年法に基づく保険給付に関する処分に不服のある者は、社会保険審査官に対して審査請求をし、その決定に不服のある者は、社会保険審査会に対して再審査請求をすることができるものとされ(国年法一〇一条一項、厚年法九〇条一項)、右の再審査請求についての裁決を経た右各処分になお不服のある者は、その取消しを求める訴えを提起することができるものとされている(国年法一〇一条の二、厚年法九一条の三、行政事件訴訟法八条一項)。

そうであれば、国年法及び厚年法は障害給付を支給しない旨の処分に不服のある者は、右各規定の定めるところにより、審査請求若しくは再審査請求をし、又は取消しの訴えを提起してこれを争うべきこととしているものというべく、これらの方法に代え、又はこれらの方法のほかに、同一の傷病による障害に係る障害給付の裁定請求をし、これによって右の処分を争うといつたことは国年法及び厚年法のおよそ予定していないところであるというほかはない。このことに、原告は第一次不支給処分に対しては現に審査請求をし、これにつき棄却裁決がされたこと(当事者間に争いがない。)を併せ考えると、本件裁定請求をもつて第一次不支給処分に対する実質上の不服申立てであるとすることはできないから、原告の右主張はこの点においても失当である。

5  そうすると、判決によつて本件不支給処分を取り消し、再度本件裁定請求に対する処分をさせることとしても、その結果、本件裁定請求を認容し障害給付を支給する旨の処分がされることは法律上あり得ないこととなるから、本件訴えは、結局その利益を欠くものといわざるを得ない。

三  以上によれば、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中込秀樹 榮春彦 長屋文裕)

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